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2022年11

ドル君のナザレ挑戦まであとわずか


以下は、YouTube動画からドル君本人の言葉


小さい頃から大波に興味はあった。

ただ自ら一歩進めずにいた。

でも今は違う。

自分の「道」を進んでいる。

よくなぜナザレに行くのかと聞かれる。

理由はシンプルです…

「自分はナザレに行く人生」と昔から知ってるから。

ナザレに行って大波に乗る。

行く運命なのだと知ってるから。


ここまで夢中になれるものに出会えて本当に幸せ。

最近日々、「生きてる」と実感する。

人生あっという間。

だからこそ、やりたいことに忠実に魂を燃やしていきます。


日本人として、ナザレに向けてここまでの時間、お金、トレーニングをずっとフォーカスし続けてきた人っていないと思う。

日本人のナザレのサーフィンの歴史の中で、1ヶ月滞在して挑戦するというのもなかったと思う。

日本人としての魂じゃないですけど、ジャパニーズソウルをしっかりぶつけてきたい。

ここまでトレーニングなどいろいろ積んできたのだからこそ、

全てを感じて全てを見て楽しんできたい。

メンタル、体力、肺活量と全部がねトレーニングでかなりカバーされてきてるんじゃないかと思う。

実際ナザレに行って見ないとわからないし、ナザレの波をじゃあ見たことあるのかと言われたらあるわけじゃ無いんで、

実際にどうなるのかわかんないですけど、僕が、絶対に、パドルでもトーインでもぶちかましてこようって気があるわけですよ。

でも、できるできないとか関係なく自分はもうやるだけ。


以下はドル君のトレーニングのひとつ

ウォーミングアップとして、息継ぎなしでしかも息を吐きながらのクロールや潜水をさんざん何本も何本もこなした後から、今度は一分間息を吐き続けた後で、そのまま息を吸わないままで、25mクロール息継ぎなし。 

上記の種目を全てこなした上で最後がロックラン50m

両手に重りを持ってプールの底まで沈んだ状態で、息継ぎなしでずっと走って(歩いて)進む。 

50mの距離を、時間にして1分半でカバーする。


一般のプロサーファーでもきっとここまでのトレーニングはしないと思う。 なぜならそこまでの肺活量アップのトレーニングというのは、マウイ島のジョーズ、カリフォルニアのマーベリックスやナザレなどの世界的なビッグウェーブポイントを攻略するためのものだから。


こんなハードな、ビッグウェーブに特化したトレーニングにコツコツと本気で取り組む人間が日本人で他にいるのかというと、彼自身が言う通り答えはNOなのかもしれない。

そう考えてみると、ドル君こそが、少なくとも現時点の日本国内では、おそらくいちばん本気でナザレの波に乗りたいと強く望んで、そのためにできるすべてをやっているのは事実だろう。


しかしそれだけやった上でも、彼が今ナザレの挑戦にふさわしい男なのかどうかは僕にはわからない。

ひとつだけ言えることは、最初の頃は単純に彼には無理だろうと推測していた僕自身も、今では「わからない」と思うようになったということ。

水中で溺死する現実のリスクと恐怖を精神的にも肉体的にも克服するためにこれだけやっているのを見せつけられて、彼には勝機が見え始めているのかもしれないと僕は考えるようになった。


エベレスト最難関で、史上誰一人単独無酸素登頂に成功していない北壁よりも、さらにはるかに難しい南西壁にて単独無酸素登頂を挑み滑落死を遂げた登山家の栗城氏のことを「無邪気に(無責任に)応援した一般のファン」が、彼を無謀な究極の挑戦から引けない状況に追いやり、結果として間接的にしろ彼の死に対して責任があったのだと批判した登山家の野口健氏。

僕はこの批判にハッとさせられた。 だからこそ僕は今の時点ではドル君のyoutubeに登録したり応援するコメントを残したりということには抵抗がある。

それぐらい僕にとっては彼の挑戦はやっぱり限りなく危険なことに感じるし、とても興味がある。 彼の挑戦の行方からは目が離せない。

いつの間にか僕はドル君に少なからぬリスペクトを感じているようだ。


僕は今のドル君をカッコ良いと思う。

僕自身がどれだけ人間としてミスもせず立派に生きてきたのだろうか?と反省してみればなおさらだ。

僕も一生懸命に生きているつもりだけど間違いや失敗だらけだ。 死にそうになったことも一度じゃない。

だったら彼の冒険がもし今完璧に理想通りの進め方じゃなかったとしても、同じ人間として陰ながら応援したい。

人間として、サーファーとしてとても魅力的だ。

僕自身がしたくてもできていないような冒険に挑もうとしている男に今はポジティブな気持ちの高揚も感じている。

溺死のリスクをできる限り下げたとしても、極限のビッグウェーブのデコボコの硬い面を滑り降りることが達成できるかは別問題だ。

巨大な波の表面はコンクリートのように硬くしかもデコボコだ。  常に調整しながら衝撃を吸収しバランスを保つためのずば抜けて強靭かつ柔軟な身体と高い運動能力.....さらに技術が必要になる。 

何かが足りなければ軽く弾かれて、大波に飲み込まれてしまう。そしてそれを生き抜くことを想定してのトレーニングだ。

彼が彼らしい満面の笑顔で無事にナザレから帰ってきてくれることを心から祈る。


*今月11月27日に出発予定で17日にドル君決起会というのを宮崎のレストランでやるらしく、その案内ポスターに20mの波に挑戦すると記載されていた。









2022年10月13日

ドル君が「どうしようもないほど大きな恐怖に襲われる」



ユーチューバーでアマチュアサーファーのドル君が世界的なビッグウェーブの聖地ナザレへと度立つ日まで2ヶ月というyoutube動画で「どうしようもないほど大きな恐怖に襲われる」と語っている。


以下点線内が、動画内でのドル君本人のコメント

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俺は生きて帰ってこれるだろうか。

当日ビビらないか。

(ナザレまで行ったのに)しょうもない波に乗るんじゃないか。

不安で寂しくて孤独になる。


周りのビッグウェーバー達には遺言を書けと言われてる。

家族に向けての遺言を書くことが大事だよと。

死ぬ可能性1%でもあるなら遺言を書く。

俺はここまで一個一個丁寧に準備をして来た。

日本男児魂を見せる。


パドルで30フィートに乗る。(*波高9mぐらい)(パドルでのサーフィンとは=人間の腕力だけでクロールのようにサーフボードを漕いで波に乗ること。通常通りのサーフィンのやり方)

トウインで50フィートの波に乗る。(*波高15mぐらい) (トウインサーフィンとは=ジェットスキーで引っ張ってもらい、その勢いで波に乗ること)

この目標をあえてこの動画で言わせてもらいます。

1か月の滞在期間がある。 (少しずつ大きな波に慣らすように)10フィート(波の高さ3m)、 15フィート(波の高さ4.5m) 、 20フィート(波の高さ6m) の波に徐々に乗って練習して目標を達成する。


*ハワイアンサイズで言ってるとしたら正面の波の高さが100フィート(30m)になり、これだと世界記録ぐらいなので、やはり上記の、パドル9m、トウイン15mが目標なのだろう。

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9月30日にアップされたこの動画に、10月6日に41件だったコメントが10月12日の時点でコメント44件

この時点でチャンネル登録者数は3万3千5百人。 この動画の視聴回数が1万4千回。 村田嵐選手などプロサーファーともコラボをしたり、その他のプロサーファーやトップアマチュアサーファーなどの知り合いも多いようで、ということはドル君のナザレへのチャレンジはおそらくサーフィン業界では有名になっているんじゃ無いだろうか。 これだけの注目度の高さから考えるとコメント数は少ない気もする。 みんな僕と同様に「なんと声をかけて良いのかわからない」と、複雑な想いで見守っているのだろうか。

現時点で「ナザレの波を制覇する」「ドル君ならできる」と書いた人、「バカでかいのをメイクするか、バカでかいのにやられるのか」と書いた人は、もちろん意図的では無いとは思うが、こういう応援の仕方は結果的にドル君の気持ちを煽ってしまうかもしれないように感じる。

これこそが、僕が8月の記事で触れた、登山家の栗城史多氏を死に追いやったかもしれないファン達の無責任な応援の姿勢、と繋がる部分があるんじゃ無いだろうか。


「応援する側も、無謀な冒険であれば無邪気に応援するべきじゃないという教訓にするべきだ」と、栗城氏の死を振り返った登山家の野口健さんは語った。


以下は、8月の記事で僕自身が書いたコメントを引用。


ーそれでもやはり、彼の現時点での姿勢を僕個人としては応援したい気持ちになっているし、できれば、ナザレ基準で言うと小波の(高さ5〜6mとかの)しょぼい日ではなく、ドル君本人が納得できるコンディションの波で、日本のプロサーファーたちがプロ資格を返上したくなるぐらいに唸るような、素晴らしいライディングを一本でもメイクして、映像に残し、無事に帰ってきてほしい。

普通に考えたら無理な気はするのだがー


僕はこの記事でドル君を無邪気に応援し「しょぼい波じゃなくてプロサーファーが唸るようなビッグウェーブに乗ってくれ」と無責任な発言をしていたと今は感じる。

やはり、栗城氏の無謀な冒険への追求と死への軌跡を追う作業が僕自身の考え方も変えたみたいだ。


ドル君は年齢も25歳そこそこで、今までずっとビッグウェーブを追求してきたような人ではなさそうだし、少なくともその形跡が過去の動画などには見られない。 そうだとするとやはり経験が足りなさすぎる気がする。 せめてハワイなどに毎冬通うとか、台風が来るたびにヘビーな波を求めて常にビッグウェーブに乗ることだけ考えて生きているとか、そういうタイプのサーファーじゃないと。 というよりも、そういうタイプのプロ達でさえ日本から誰も行かないポイントなのだ。

ドル君はナザレへの挑戦を決めておよそ1年間の準備をしてきたと言う。

でも、たったの1年間? たったの1年間の努力で世界最大のビッグウェーブの舞台に立てるというのか。

どんなことでも、達人達がやっていることは時として簡単に見えるものだ。 なんとなく自分もめちゃくちゃ努力すれば届くんじゃないか、と思わされることはあるだろう。

25歳という若さだからこそ、まだ自分と世界の頂点のサーファー達とのとてつもないぐらい大きい差を知らないんじゃないだろうか。

日本人のプロサーファーの中ではずば抜けて強靭な肉体を持つ大原洋人選手でさえも、経験の少ないノースショアのビッグウェーブに乗ると信じられないぐらいにぶざまに何度も何度も転倒してしまう。 今までの経験のレベルを超えた波のパワーには身体が対応する術を知らないのだ。 この壁を越えるのは、生まれ持った才能があるごく限られた人間である前提で、さらにまた何年ものトレーニングと経験が必要だ。

ドル君は、自分にはそういうレベルの、少なくともほとんどの日本のトッププロサーファー達を越えるような偉業を成し遂げることができると信じているということになる。


今の時点で「どうしようもないほど大きな恐怖に襲われる」のに、2ヶ月後にたった1ヶ月の滞在で、ほんの数回しか与えられないチャンスが巡ってきた時に、落ち着いて冷静に、自分自身が持つ身体能力と精神力のベストのパフォーマンスを引き出せると言うのだろうか。

「日本男児魂を見せる」という精神論が求められる状況ではない気がする。 それは、もっと他に基本的な要件が全て揃っている人が最後に心構えとして語ることだろう。 でもおそらくドル君には足りないものが多すぎる気がする。 

「遺書も書く」という姿勢にも賛同できない。 裏を返せば、それだけ自分を追い込んでいることにもなるから。 波待ちをしている自分にビッグウェーブがやってきた時に、「これは怖すぎる、これには乗りたくない、これはやめておこう」と言う選択を自ら消し去るような言動とも取れる。 可能性が1%であっても死を覚悟はした上で来ているんだ、と。


前述の動画のコメント44件のうち13人ぐらいが「無事で帰ってきて」の意味のコメント。 そのうち5人が「生きて帰ってきて」という言葉を使った。(サバイブというカタカナの表現も含む)

以下2人が批判。 

身内がサーフィン事故で亡くなった立場から「何のためのナザレかわからない。死んでも配偶者が一生困らない生命保険に入ってから旅立ってください」

「マークフーも死んだ JOBもパイプで大怪我をした ほんと辞めた方が良い」

3人が「悔いの無いようベストのチャレンジを」。 

カレンズの波に(宮崎のビッグウェーブポイント)乗ってるから大丈夫、というコメントも。


最初は彼のことを笑ってるサーファーが多かったんじゃ無いだろうか。

でも、彼の覚悟や真剣な取り組みを見せられるにつれて、馬鹿にするような人間は一人、また一人と減っていったのかもしれない。

誰もやったことがないような冒険だからこそ、みんななんと言って声をかけるべきなのかわからないのかもしれない。

僕だって、普段こういう人間は大好きだし、きっと応援したいと思うはずだ。

だが今回は、こうやって記事に書きながら自分の気持ちを整理してみると不安しかないことに驚いた。

ワクワク感というものは残念ながら今はゼロだ。

ただただ彼の無事を祈る気持ちがある。

YouTubeの43人目のコメントとして、「無謀な気がするのでやめておいたらどうでしょうか」と書きたい気もするが、

僕なんかよりも何倍もサーフィンの上手いプロやビッグウェーバー達がそういう言葉はかけていない訳が無い。


唯一の安心要素としては、現地でドル君をサポートする人間がみんなナザレの達人達だということ。 ということは、彼らの判断からして明らかに無謀だと思えるコンディションには入らせないはずだ。 それが唯一の安全システムだ。

あとは、ドル君がファン達やyoutubeの視聴者の期待を背負っているという事実だけが気がかりだ。

そんなものを背負っていることがプラスの勇気になって成功率を上げてくれるような気はしない。

本来だったら自分自身の命の安全のために後に引く決断が求められる状況で、無理やりGOという判断をしてしまいはしないだろうか。


ドル君には奥さんも幼い娘さんもいる。 1本も波に乗らなくても良い。 絶対に生きて帰ってこないとダメだ。






2022年9月01日

マーボーさん



8月の初旬、電話はKR君だった。

「今日、マーボーさんが亡くなった・・・」

涙声が震えていた。


「おまえ、マジでサーフィンセンスねーな!」とか、マーボーさんにはいつもイジられながら息子みたいにかわいがられてたKR君の悲しみと絶望は、たぶん本当に多くの他のサーファーたちも共有したはずだ。

僕自身はその日の夜ぐらいまで実感が湧かずにいたが、寝る前にさした目薬が2〜3滴ぐらい頬を伝うと、それにつられるように涙が溢れてきてしまった。


僕達みんなにとっての兄貴であり親父でもあったMBOさん。

誰よりもクラシックなサーフィンがカッコ良かった。

太いトラックを描いて大きく深いターンがトレードマークだった。

若い頃は全てを捧げてサーフィンに打ち込んだ生粋のコンペティターだった。


イケてるやつとだけツルむような人じゃなくて、どんなショボそうな人にでも、初心者の人にでも本当に優しくて、誰にでもサーフィンや海の知識を教えてあげてた。

サーファー同士の波の取り合いは通常は厳しい世界だけど、マーボーさんに「GO GO!」と声をかけられ波を譲ってもらった経験は誰しも数えきれないぐらいあるはずだ。


駐車場で僕らが話し込んでる横をマーボーさんが車ですれ違う時は、パンクロッカーみたいに悪そうな笑顔で中指を立てたりしてくるのを見るのも僕らは大好きだった。

トークもめちゃくちゃおもしろくて、たとえばAJ君がライディング中に、たまたまタルくなったセクションでターンにスピードが乗らなかった時に、「想い出カットバック」とか名付けられたりすると、みんなにめちゃくちゃ笑われておいしい思いをしてた。 僕らはサーフィンでカッコ良さを求めたけど、マーボーさんが愛情込めてネタにしてくれる方が嬉しかった。


ビーチでサーフィンしてる日は、休憩の合間には砂浜でゴルフをしながらみんなのライディングを観察してくれていた。

ゴルフのことはわからないけれど、スイングのフォームはプロに見えた。


ヘビーなコンディションで、たまたま海の中に自分一人だけサーフィンしてるような状況でも、マーボーさんは岸から本当に長いこと見てくれてたりして心強かった。


あたたかいハートでみんなに接してくれて、誰よりも海を愛していて、いつもゆったりしたリズムの中で生きていた。

僕らのビーチのみんなにも、他のエリアのサーファーたちにも尊敬されていて、みんながあんなサーファーになりたいと憧れていた。


何十年経ってもマーボーさんがいつまでもずっと海にいてくれるような気がしていた。


マーボーさん、いつもありがとうございました。

天国でサーフィンしながらも僕達を見守ってください。

僕らもマーボーさんにもらったものを忘れずに笑顔でサーフィンし続けます。

                         マーボーさん





2022年8月01日

栗城史多さん(登山家)



僕の親友は気に入らないらしい。

以下の四人がだ。


ドル君(サーファー) 栗城史多さん(登山家) 

 三浦雄一郎さん(プロスキーヤー)  前澤友作さん(宇宙旅行した実業家)  


最初は僕が、YouTubeの登場以前と以後では、人間がさまざまなスポーツや冒険などに向かう姿勢そのものが大きく変わったんじゃないか?と話をすると、僕の友人は、悪い例として上記4人の名前を出してきた。

大まかに言って彼らは皆、「冒険という言葉を履き違えている」という批判だった。 栗城と三浦には全く興味がないし、前澤の無駄金を使った宇宙の観光旅行はくだらない。ドル君だけは多少興味が出てきた、という話だった。 友人の、時として必要以上に辛辣な響きを伴う批判は、しかしながら多くの場合的を得ているし、彼ぐらい思慮深い男に批判されるならそれなりの理由はあるはずだ。 とはいえ、上記の4人は僕にとって(4人ともほとんど知らなかったが)なんとなく好感を感じてしまう人々だった。


今回は栗城史多さんの擁護をしようと思って記事を書くつもりだった。 かっこいい生き方じゃないか、とかなんとか言って。

どんな形にせよ、命がけの冒険に出るような人間が僕は基本的に好きだからだ。


この登山家のことも僕は個人的には、ほぼ全然と言うぐらい知らなかったのだが、ネットで検索してみると、なぜ多くの一流の登山家たちなどから厳しく批判されていたのかが見えてきた。 栗城氏は登山家ですらない、とか、登山家としてなら3流以下だとか、本物の登山家に対して失礼だ、だとか。


批判されている最大の理由は、専門的なトレーニングも実力も圧倒的に不足しているのに難易度が非常に高い登山を目標に掲げ、世間に大々的に発信し、最後は暴走しているとまで言われた無謀な登山スタイル。

元々、登山をネット中継したりして注目を集めており、日本テレビなど、多くのテレビ番組でも扱われたらしい。


栗城氏は一応6大陸の最高峰に登り、著書もベストセラーになり、だんだん名前が売れてくると、彼の実力からすると挑戦する資格は無いはずの難易度の非常に高い登山に挑むことを多くのメディアに宣伝し、それで一般世間の人々が騒ぎ始めて応援も増え、登山を知らない一般人からの人気を燃料にABEMA TVで登山生放送が企画されたが、その放送予定直前で遭難し、エベレスト登山中の滑落死という最後を遂げた。「社会的承認でしか生きていることを実感できない、現代の人間の象徴」とも批判された。


エベレストの登山というのはコースによって全く違う難易度になるらしく、ノーマルなコースの南東陵からの登山なら酸素ボンベを使い熟練のプロのガイド付きであれば、近年ではある程度の安全性が確立されてきているらしい。 ところが北壁と呼ばれるコースに酸素ボンベも使わずにたった一人で登るというのが彼の計画だった。 こちらは難易度において雲泥の差であり、北壁の無酸素単独登頂はエベレスト登山の歴史の中で、世界トップの登山家たちでさえ誰一人成功していないという。

エベレスト登頂に8回失敗して、8回めで死亡したわけだが、数年間にわたるエベレスト挑戦の途中で計画の無謀さはエスカレートしていき、北壁よりさらに険しいエベレスト最難関の南西壁から登頂すると言い出した頃には、登山の専門家の中には「彼の暴走を止めなければ」と心配になり直接会話をして諭そうと試みた人もいたという(登山ライター森山憲一氏など)

栗城氏が目指していた「冒険の共有」という意味では、彼のようにネットなどで一般人に向けて発信するという行為は、それ自体に十分な価値があったのではないだろうか。 

もう一つ掲げていた「単独無酸素登頂」という面ではどうなのだろうか。 二度めエベレストの挑戦では、栗城隊をサポートしたシェルパ(ネパールの少数民族で、高地に順応した現地のガイド)が一人死亡している。 三度めのエベレスト挑戦では日本人のフリーカメラマンが死亡した。


誰にも迷惑をかけずにたった一人で挑む冒険であればもっと心から応援できるのかもしれないが、こうして調べてみたら僕自身も彼の冒険を擁護する気持ちがだんだん弱くなってきてしまった。 亡くなったシェルパだってカメラマンだって、強制的に連行されたわけじゃない。 仕事として依頼を引き受けた、または希望して参加したわけだろう。 とはいえ、もし専門家たちから無謀だと言われる行動に他人を巻き込んで「暴走」したのだとしたら、僕の友人のように、「彼は冒険をはき違えていた」と言われるのかもしれない。 そして、彼の暴走に関しては、もしかしたら無責任に彼を応援して火を焚きつけた一般人やメディアの責任が全くないと言えるだろうか。 


さらに以下は、栗城氏が批判されていた理由の二つ

「単独登山者」(ソロアルピニスト)の定義について

栗城氏は自らを単独登山者(ソロアルピニスト)と定義したが、登山界で言われる「単独登山」は、全行程を一人で行い、他者からのサポートを一切受けず、あらかじめ設営されたキャンプ、固定ロープ、ハシゴ等も使わずに登ること(アルパインスタイル)と定義される。 栗城氏は他の登山隊が設置した固定ロープ等を使って登頂している。

またヒマラヤ登山の際には、栗城隊と呼ぶ大規模なサポート隊を編成し、シェルパが固定ロープ設置などのルート工作やキャンプ設営を行い、無線により気象情報や行動計画などのサポートを受けて登っている。なお栗城氏はキリマンジャロやエベレストなどで過去に数回、自力下山が困難になり、シェルパやポーターに救助されている。

「単独無酸素」という表現について

栗城氏は「日本人初の世界七大陸最高峰の単独無酸素登頂に挑戦」とマスコミ向けに公言したが、世界七大陸最高峰において、酸素ボンベを使用する必要があるとされるのはエベレストのみで、他の六大陸の最高峰においては元々酸素ボンベを必要としない。


さて・・・僕は、この人のことをどうまとめてこの記事を終えようか。 そもそもほとんど知らなかった人物のことについて勝手に浅はかな文章を書くこと自体が無責任な気もするが、彼らのような生き方をしている人はきっと僕のような人間も含めて多くの人に話題にしてほしい、少しでも興味を持ってほしいと考えるんじゃないだろうか。

プロ中のプロたちから見れば、登山家として認めることすらできないと厳しい批判を受けるような、3流のダメ登山家だったのは間違いないのかもしれない。 メディアや多くの素人ファンの巻き込み方(利用の仕方)も胡散臭く見られる面があったのかもしれない。 だとしても、栗城さんという男は、静かにでもずっと燃え続ける小さな炎を心の中に宿していた男だったような印象を受ける。

確か、指9本を凍傷で切断した時に笑顔で写っていた写真を見かけたことがあったなあ・・・あの笑顔が、彼の人生はどうだったのかを物語ってるのかも・・・とか思いながらもう一つ見つけたネットの記事を読んでみた。

アラスカのマッキンリー(北米最高峰6194m)の単独登山に栗城氏が挑戦をした時、周囲の人ほとんどに否定されたが、出発直前に父親から「信じているよ」と一言もらい「そう言う言葉をかけてもらえることで人間は頑張ろう!続けよう!と思える」と語ったそうだ。 ちなみに、この山は登山の世界で最も有名な植村直己が単独登山で遭難して帰らぬ人となった場所でもある。 誰からも尊敬され、本物の登山家/冒険家として不動の地位を確立したまま植村直己氏は43歳で、アラスカの現地語でデナリと呼ばれるこの山で亡くなった。 


栗城氏は4度目のエベレスト登頂に失敗した際の凍傷で9本の指を切断する手術の前に父親に電話をすると、「おめでとう」と言われたらしい。 一つは生きて戻ってこれたことに対して。 もう一つは、そういった苦しみを背負ってまた山に向かうことができる、それは苦しいけど素晴らしい体験なんだよと。 このエピソードを読んだ時、僕の心は彼に対しての好意的な感情が大きくなった。

大手術の前のこんなタイミングで電話するぐらいに信頼している父親がいて、その人にこんな言葉をかけてもらいながら最後は好きな冒険の途中で息絶えたのだ。

僕にもし才能があったら詩の一つでも贈るだろう。 3流以下と呼ばれたこの人間らしい男に。


栗城史多(登山家)1982年6月9日 - 2018年5月21日 35歳没


*栗城氏はこの時単独登山で登頂に成功したマッキンリーは北米最高峰の6194m。 当教室講師キャプテンメモは、この山の一番下の方1000m以下ぐらいまで単独で登っている時に突然の吹雪でホワイトアウトに見舞われ、滑落してしまい、遭難しかけている。 当時23歳か24歳ぐらいの講師キャプテンメモの無謀な体験は「ニコ生配信者の方の富士山滑落死」の状況にとても近い。

                        講師の旅 アラスカ3ヶ月  




追記

そもそも僕自身がそこまで興味のなかった栗城さんという人物のことを調べてまで書いたのはなんだったのだろう。 友人が彼の名前を出して、「冒険を履き違えた人間」と言う批判をした時に、僕としては、どんなにカッコ悪くショボいと酷評される人物だったとしても、エベレストに挑戦して死んでいったと言う事実を聞いただけで無条件に魅力的な人物であったように直感的なイメージを持ってしまった。 結果としてその後も気になり続けて、またいくつか新しい記事を読んだりするうちに、また今、ここに加筆したくなってしまった。


以下は、栗城さんと交流のあった登山家の野口健さんのYoutubeでの話から。


「冒険の共有」は栗城氏の登山の大前提だった。

夢を持つことの素晴らしさ、希望と勇気を与えたい、と。

実際に、野口氏は栗城氏のファンだった多くの人々が「栗城さんに勇気をもらえたし、自分にも何かできるんじゃないかと思えた」と言っているのを聞いたという。 

このため、100%集中しなければならない、命懸けで極めて困難な登山中に、冒険の共有という大きすぎるものを栗城氏は背負っていた。

野口氏は日本から応援者のコメントは、登山中には振り回されてしまうので読まないし、返信しない。

命懸けの冒険は安全な場所にいる人間との共有など不可能だと考えていた。

栗城氏は常に多くのファンとやり取りをしながら冒険を進めていた。

ファン達は栗城氏のブログや動画に書き込みを続けた、「隊長ならやれるガンバレ」「栗城さんならできます」

応援は大切なことだ。しかし それらの書き込みをすることが本当に応援だったのか。 野口氏はそんなのは応援じゃない、後に引けない状況に追い込むだけだと批判した。

時として登山中にリスクの高い状況にある栗城氏を、多くのファンたちが気楽に無責任に応援する中で、野口氏は諭すように「今回は無理だから仕切り直せ」などと書き込んだ。 ファンたちは続けた。「栗城さんならできると信じています」「絶対に諦めないでください」・・・


凍傷で指の切断手術を行なったときは「君の身代わりで死んだ指9本のおかげで、無茶な登山スタイルを変えられるチャンスだ」と野口は伝えた。

野口は、栗城があのスタイルを貫き通せば死ぬのは時間の問題だと思っていた。  

「これだけ多くの人に夢や希望を与えた栗城さんは山で死ぬ自由は無い」とも伝えた。

死んじゃダメだと。

野口の話をいつも静かにじぃっと聞いていたがそれでも栗城氏は無謀な登山スタイルは変えなかった。


時として何かを捨てることは重要だ。

何一つ妥協しないことは、冒険の世界の場合はその夢に殺される。


最初は楽しそうだった栗城氏がだんだん苦しそうに見えた。

やがて計画はエスカレートし、エベレスト史上誰一人単独無酸素登頂に成功していない北壁よりも、さらにはるかに難しい南西壁から登ると言い出し、ますます非現実な目標になっていった。


栗城氏がエベレストの挑戦に何度も失敗するうちに、最初は応援していた多くのファンが、「下山家栗城」「インチキ登山家」などと揶揄し始める。

やがて彼は、批判を浴びながらそれでもエベレストに向かい続ける。

ファンたちは少しずつ離れていき、そのうち彼に目を向ける人は少なくなっていった。


エベレスト最難関の南西壁単独無酸素で栗城氏が滑落死する直前に、野口氏はベースキャンプに彼に会いに行った。

栗城氏は今からエベレストに挑む男のオーラに見えなかった。 小さく見えた。

おそらく本人は何かしっくり来ていなかったんじゃなかったかと野口氏は振り返る。

非常にテンションが低い。迷いだったのか。

引くに引けない状況に追い込まれていたのか。

もう何も言えないと思い、「日本に帰って来てね」とだけ伝えた。

野口氏は飛行機の中で栗城氏のことが頭から離れなかったという。

日本に帰国後、羽田空港にいたスタッフに「栗城氏のニュースは何かあるか?」と聞くと「ない」と言われた。

そのまま自宅に帰り、昼食を食べ終えた時に栗城氏が遭難し亡くなったとの一報が入った。


栗城氏は多くの人に夢や希望を与えた。

それは間違いない。

だが、何か一つ捨てても良かったはずだ。

無酸素登山の条件をやめてもよかった。

単独登山の条件をやめてもよかった。

それでも栗城氏ならば多くの人に伝えることはできたはずだ。 野口氏はそう考える。


栗城氏も憧れていたという登山家の故植村直己氏(マッキンリーにて遭難43歳没)も、なかなか実現しなかった南極の冒険をずっと追い求めていて、そのために非常に過酷で危険な冬のマッキンリーに挑戦し命を落とした。

奥さんの公子(きみこ)さんが野口氏に語った。「植村も南極さえ捨てることができてたら死ななかったはずだ」と。


夢を諦めるというわけじゃない。

何かひとつ捨てることで、違う何かを掴む。

応援する側も、無謀な冒険であれば無邪気に応援するべきじゃないという教訓にするべきだと野口氏は語った。


僕はこの野口さんの動画での語りを聞き、野口さんという人物の、登山そのものや栗城氏に対する愛情を感じた。

そして、僕が最初に何も知らないのに、能天気に「栗城さんは後悔などない素晴らしい人生を送ったんじゃないか」と擁護しようとしていたことが軽薄だったのかもしれないと反省している。


今年の冬に世界で最も危険なサーフポイントで命懸けのビッグウェーブに挑戦しようとしているアマチュアサーファーの「ドル君」が、栗城氏が背負っていたようなものを背負うことになりはしないだろうか・・・


生きている人のことでさえまっすぐに深く知るなんて不可能に近いが、故人のことをあれこれ想像して、単純な一言にまとめて否定したり肯定したりすることの虚しさ、哀しさも感じた。


こうして彼の残した軌跡を少しだけ辿ったことで僕は何を感じたのだろう。


作家の林真理子氏が、栗城氏のことについて語った言葉がしっくりくる。

「一人の青年の青春と挫折」


栗城氏が登山を始めたばかりの頃の純粋な感想を語った言葉を持って締めくくりたい。


「信じられないほどの充実感と達成感があって夢中になった」







2022年7月26日

ドル君


ドル君(サーファー) 栗城史多さん(登山家) 

 三浦雄一郎さん(プロスキーヤー)  前澤友作さん(宇宙旅行した実業家)  

この四人の名前に共通点が思いつくだろうか?なんとなく括るなら「冒険」みたいな話題で、僕の仲の良い友人との会話で出てきた人たちだ。 その友人は、栗城さんと三浦さんは冒険を履き違えているし興味もないと、前澤さんの宇宙旅行にいたっては本当にくだらない、もっとマシな金の使い方があるだろう、ユニセフにでも寄付するとか、などと切り捨てていた。


そしてドル君だが、僕が6月に書いた記事で、「YouTubeは、人類にとっての冒険というものの性質を大きく変えたし、あらゆるサーファーにとっても一躍有名になれるチャンスと共に、生命の危険も増えたかもしれない。」と書いた時に、それはナザレ(ポルトガルにある世界最大の波が立つサーフポイント)に挑戦しようとしているアマチュアサーファーの「ドル君」のことか?と友人に聞かれた。 僕としては、特に彼のことを考えて書いた記事ではなかったし、ドル君というユーチューバーの名前は知っていたけれど、彼の挑戦そのものも含めて追いかけることはしていなかったが、この会話をきっかけに彼の動きに興味を持った。 


友達いわく、ドル君ってまあまあ乗れる一般サーファーっていう印象なので、ナザレの波に乗るようなイメージができない。 と彼の挑戦そのものに懐疑的な様子だった。 僕もいくつか動画を観てみたが、確かにサーファーとしてはもちろんプロじゃないし、トップアマチュアですらない人みたいだった。 

ナザレというポイントは世界でも最も命の危険が高いサーフィンが繰り広げられる世界最大のビッグウェーブの聖地だ。 日本人ではプロサーファーでさえ挑戦しようとする人の話も聞かない。 そんな場所に、多くのプロたちから「挑戦する資格が無い」と言われそうな一般サーファーが、その挑戦の全過程をyoutubeで配信しているというわけだ。

必要な資金も大きく、1ヶ月の滞在で200万円ぐらいかかる。 内訳は航空券+宿泊+食費、カメラマンの報酬+旅費、ジェットスキーのレンタルやガソリン代+レスキュー費用に1日で7万円、など。

スポンサーから借りたキッチンカーでコーヒーやらランチを売りながらお金を貯めて、1年間トレーニングなど準備をして2022年の11月ごろに挑戦するという話らしい。


サーフィン界で、彼の挑戦を、特にプロサーファーたちはどんな評価をしているんだろうか。 お前なんかにナザレに行く資格は無い、と冷ややかに否定するプロは多い気がする。

なぜなら、彼ら自身こそ本来ならとっくにナザレに挑戦をしたり、したいと思ったりしているべき立場の人間だから。 その彼らの多くは、単純に恐怖からナザレには行こうと思えないのだろう。

プロと名乗りながら、国内のひざ〜腰の小波で勝った負けたと試合をして1年間を過ごしたり、ひざ腰の波でプロモーションビデオを撮ったりしている多くの日本のプロサーファーは、やはり複雑な思いじゃ無いだろうか。 サーフィンのスキルだけを見ればドル君というのはたかが「まあまあ上手な素人」かもしれない。 技術的には一般の日本のプロサーファーの半分以下かもしれないのだが、人間として、サーファーとして、男として、ナザレの波に乗りに行く、と宣言してそれに向けてウェイトトレーニングしたり、水中トレーニング、遠泳練習、などに真面目に取り組める男のことを心からまっすぐに馬鹿にできる人ってどんな人だろう。  僕は彼の動画をほとんど見ていない。 だけど、単純に頭がおかしい人間では無いということが理解できるぐらいには、ナザレ関連の何本かの動画を視聴した。

どれほど本気の発言かは彼自身しか知らないが、彼は自分自身がナザレで死んでしまう可能性というものも承知していると語っている。 彼は体重が現在65キロぐらいだということなのでそんなに痩せてるわけじゃない、背は165cmぐらいだそうだから、一般の日本人男性よりは少しゴツいかもしれない。それでも巨大な波の何万トン?もの水量が降りかかるナザレの波のワイプアウトでは、そんな体重、つまり彼の現在の身体の細さでは、身体中の骨が木っ端微塵に折れると言われたらしい。 それを克服するために筋肉量メインで体重を増やそうとしている。 それぐらい冗談抜きで向き合っているのだ。

ただし、ここまで書いたが、多くのプロサーファーがナザレに足を運ぼうとしない理由の大きな点は、腐ってもプロ、プロと名乗るサーファーたちは、いくら普段小波でしょぼいサーフィンばかりしてるのが日常だとしても、ものすごい才能と膨大な時間の波乗りの経験を積み重ねてその資格を手にしている。 彼らにとって死ぬかと思うぐらい恐ろしい、極限まで危険なサーフィンの経験そのものがドル君よりも何倍か多いのでは無いだろうか。 だからこそ、ドル君よりも、ナザレの波を正しく怖がっているという面もあると思う。 つまりドル君は、敵の強さを本当には理解できていないからこそ、立ち向かう気になっているのだという見方もできる。

それでもやはり、彼の現時点での姿勢を僕個人としては応援したい気持ちになっているし、できれば、ナザレ基準で言うと小波の(高さ5〜6mとかの)しょぼい日ではなく、ドル君本人が納得できるコンディションの波で、日本のプロサーファーたちがプロ資格を返上したくなるぐらいに唸るような、素晴らしいライディングを一本でもメイクして、映像に残し、無事に帰ってきてほしい。

普通に考えたら無理な気はするのだが・・・







2022年6月13日

YouTubeのもたらすスポットライト


YouTubeがサーフィンというスポーツに与えるポジティブな影響は計り知れないと思う。

その反面、たった一本のビッグウェーブのライディングの映像を残すだけで世界的に有名になれるという事実は危険も含んでいるような気がする。 

誰も見ていないような場面では理性的に危険を避ける行動が取れる人間であっても、この一本のテイクオフが自分の人生を変えるかもしれない、という欲望に影響されたときに、判断を狂わされるサーファーもいるのではないだろうか。

 パドルを始めた時に、世界中の人々に視聴してもらえることを意識することがプラスの勇気を与えてくれ、冷静に自己最高のパフォーマンスを成し遂げるのか、それとも栄光への野心に支配された時、死神のような何かに引き寄せられるように、危険なワイプアウトの暗闇に落ちていくのか。






2022年5月10日

マニューバーのバリエーション


CT(サーフィン界最高峰の世界ツアー)のベルズビーチでの大会のこと。

マイキーライトが一本のライディングで3回か4回も同じようなレイバックスナップを繰り返していた。

すごいサーファーだし、すごい技だし、すごいライディングなのは間違いないんだけれど、ワンパターンに思えて退屈だった。

フィリペトレドが勝った結果は僕もとても納得している。

結局どれだけ派手な技を出したとしても、ライディング全体のバランス構成を考えて、効果的に使わないとインパクトも薄くなるということだと思う。

フィリペトレドだって、以前のように一本のライディングにそっくりなエアリバースを何度も何度も繰り返したりはしなくなった気がする。

どれだけすごいエアリバースだとしても、フィリペトレドとかガブリエルメディナとかがあまりにも高い成功確率でどんどんメイクすると、皮肉にもジャッジにも観客にも、その技がだんだんあまりすごくないかのように見えてくるのかもしれない。 だからこそ、フィリぺは今では普通っぽいカービングをメインにして、ここぞというセクションで爆発的なエアーを入れてくるような構成も自分の引き出しに加えているのだと思う。  

大会で優勝するには、ジャッジが気に入るライディングの構成をするセンスが重要なのかもしれない。







2022年4月1日

スカイ・ブラウン


日本人とイギリス人の両親を持つ13歳のアスリート。

東京五輪はスケボーのパークで銅メダル。

日本名はブラウン澄海

宮崎市生まれで、コロナ前までの居住地は一年の半分は宮崎県高鍋町、半分はカリフォルニア。

サーフィンも相当レベルが高く、エアーなどのトリックも今の段階でも完成度が高い。

その上メンタルや勇気はメンズのトップサーファーたちにも負けていないと思う。

そのことが垣間見えるのが、11歳だった2020年、カリフォルニアでのスケボートレーニング中のハーフパイプでの事故。 

数メートルの高さからの落下で頭蓋骨骨折及び左手首・左腕骨折という重傷を負って、意識不明のまま救急入院。 

生きていたのが幸運だったと言われたほどなのに、直後の入院中にファンに向けて語ったポジティブなメッセージは誰もが勇気づけられたと思う。 その後に復帰し、1年延期になった東京オリンピックで金メダル争いをするほどに復活を遂げた。

おそらく彼女はスケボーと同じぐらいサーフィンを愛している。 

彼女が求めるならば将来CTデビューは間違いないだろう。

この子がCTでチャンピオンになるのを見たいと思うのは僕だけではなさそう。

同じように、日本人とイギリス人の両親を持つIちゃんも、スカイブラウンに影響されてサーフィンとスケボーを始めてたね。 

君も必ず上手になると思うよ!頑張って!







2022年3月1日

誰になりたい?


英会話のレッスン中のふとした会話で、「あなたがボクサーだったら誰になって、誰と戦いたいですか?」

という質問を受けた。 僕は井上尚弥になってマイクタイソンと戦いたいと答えた。 

井上尚弥165センチ体重60キロ 

タイソン178センチ体重100キロ

体格差が大きすぎて、井上尚弥がタイソンぐらいのサイズだったらという設定にしてくださいって神様に注文するけど。

その設定がOKなら現役ピーク時のタイソンがいいかな。

もうゲーム感覚ですね。 タイソンを体感してみたいという好奇心。

もちろん今のままの自分だったら100m以内に近寄りたくないです。


じゃあもし神様に「誰でも良いからプロサーファーにしてやろう」と言われたら誰になりたいですか? そしてどこでサーフィンしてみたいですか?

うーん。 ケリースレーターとか、ジョンジョンフローレンスかな。

どこに入りたいか? ジョーズ(ハワイのマウイ島)とかチョープー(タヒチ)のビッグウェーブ。 

ケリーもジョンジョンもジョーズのエキスパートではないけど。

他はパイプとかジェイベイとかのデカい波とかになるのかな。 

こちらも今の自分そのままのサーファーとしては、上記のどのコンディションにも近寄れないし、入りたいって思えない。 陸から見てても手に汗握って背筋が凍りそう。

自分自身がサーフィンしてるからこそ理解できるってのがありますね。 サーフィンしたことない人だとパイプのチューブライディングとかは簡単そう!とか言います。 何の分野でもめちゃくちゃすごい技って一見簡単そうに見える時がありますね。








2022年2月1日

AJの景色


僕の友達のサーファーはみんな、一人一人と結びつく映像が僕の中にある。


その人がいつも海に入っている時間帯が朝イチであれば夜明けの空気の匂いと眩しい朝陽の光だとか、その人のお気に入りのサーフスポットにある広い砂浜だとか岩壁だとかテトラポットだとか漁港だとか、そういうのでそれぞれのサーファーのイメージができてる気がする。


あとは、そのサーファーがすごい印象深いライディングをしたシーンが忘れられないとか、その時の空を舞っていた雪だとか、夏にしか行かないポイント周辺の焼けるアスファルトだとか、そういうすべてが僕の記憶の中でそれぞれのサーファーにタグ付けされている。


たとえばAJの景色は僕らのお気に入りのポイントで今まで何度も見た夕陽だ。

良い波に乗って気持ちよくなってるせいで感動しやすくなり、ふとした瞬間にAJか僕が、「うわーすげー!」と空を眺めて声を上げる。

それに気づいた仲間たちも波を探していた水平線から視線を上げる。

太陽が沈みゆく山際の空から赤、オレンジ、ピンクとかの色が滲みながら揺れている。

近くの雲の隙間からは天国の黄色も降り注いでいるし、宇宙に溶けつつある遠くの空の雲は、寒色系の花を何種類も混ぜ合わせたような光沢が幾重にも飾っている。


昔から繰り返して幾度となくこの光景に出会うのだけど、その度に「あれ?またいつの間にかいつものこのシーンになってるね」というのが僕とA Jのいつものセリフ。


そうだ。 前回この景色を見た日から確かにいろんな出来事があって、お互い色々と笑ったり泣いたりすることもあっただろうし、たしかに時は流れたはずなんだけど、

またいつの間にかこの場面に戻れている。 そのことがなんとなく不思議で、そしてなんとなく自然で当たり前のようにも感じられて、でもやはり奇跡のようでもあって、そしてそれがすごい嬉しくて、すごい幸せな気持ちになって周りのみんなも巻き込んで大笑いをしたりする。


サーフィンに夢中になった僕たちサーファーはみんな「終わらない夏」を生きているのかもしれない。


AJっていう男も僕のエンドレスサマーだ。








2022年1月1日

子供達をスクリーンの中から連れ戻せ


世界中の子供たちがオンラインゲームやSNSに夢中で、多くの時間をスクリーンの中の世界で過ごしている。

家族と会話もせず自分の部屋に一人で閉じこもり、ネット上の友人たちと繋がって、何時間もオンラインゲームやSNSの世界から出てこない。

スクリーンの中の世界も楽しいだろうが、それよりもこの現実世界の桁外れの凄さを、強烈な刺激を感じてほしい。 (いつか現実と区別ができない仮想現実世界が実現してしまうその前に・・・)

僕が何よりも彼らに経験してほしいのはサーフィンだ。

もし幼稚園の頃に滑り台が楽しいと思った子供なら誰でも、その100倍の興奮でサーフィンに夢中になるはずだ。

見るだけで陶酔させられる美しい水面の模様。 太古の昔から旅し続ける複雑な水の流れは、地球を廻り刻一刻と変化する風に撫でられ、無数の色彩が混ざり溶け合い、永遠の万華鏡が拡がる。

時として荒々しく身体ごと吹き飛ばされるような、時としてやさしい魔法のじゅうたんのような波に乗れたなら、

今まで生きてきて経験したことのないような重力空間で心も体も歪められ、転がされ、捻られ、海の魅力に引き込まれる。

砕ける波が上げる水飛沫の風圧は魂を揺さぶり、歓喜と狂気は加速して二度と忘れられない景色へ連れて行かれるだろう。

海の中から眺める雲のうねりも、その空のスケールの大きさも・・・

生命の源の朝陽も、全てを染め上げる夕陽も・・・

やがて星空に包まれた時間のナイトサーフィンも、夜光虫の緑色の輝きも・・・

それら全てが海水のしょっぱさと潮の香りとともに、

この世界に儚く存在している「自分」というちっぽけな器を、圧倒的なエネルギーで100%瞬時に満たしてしまう。

「世界」の中に「人間」として独立して存在している輪郭が鮮明に浮かびあがると同時に、また次の瞬間にはその境界線が幻のように消え去り自分と世界は融合し一つになっていく。

過去を想うでもなく、未来を想うでもなく、今、この瞬間にここに純粋に存在している。

そういう刺激を通じて、子供たちにはスクリーンの中の世界なんかでは絶対に満たされようの無い強烈な飢えを知ってほしい。

そしてその飢えを忘れずに生きてほしい。





サーフィン写真





サーフィン用語

ノーズ サーフボードの先端

テール サーフボードの最後尾

レール サーフボードの横の部分(この部分を沈めてターンする)

フィン ボードの裏のサメのヒレのような部分(これもターンに使う)現代のボードは通常3つある(昔は一つだった)

ターン 方向転換のこと (緩やかなターンから急激なものまで)

パドル 波の崩れる沖合までクロールのようにこいで移動すること

ドルフィン 沖にパドルアウトする時に目の前で崩れる波をイルカのように潜ってやり過ごす技

レギュラー 岸から見て右から左に崩れる波

グーフィー 岸から見て左から右に崩れる波

ブレイク 波の崩れ方、崩れること

ショルダー 波の斜面の今から崩れる部分

ボトム 波の一番下の底の部分

トップ 波の一番上の部分

アウトサイド 岸から遠い沖の方

インサイド 岸に近い波打ち際の方

テイクオフ 波を捕まえてサーフボードに立ち上がる動作

カットバック 波の上を走っている最中でUターンをして戻ること

パワーゾーン 波の力が一番強い部分

ライン 波の上の自分が走るコース、そのコース取り

リップ(オフザリップ) 波のトップでの急激なターン

ドライブターン 脚力、遠心力、高度な体重移動の技術を使って、水中に深くレールを入れて、大きく加速していくターン

カーヴィング 波のトップでレールを深く水中に入れてドライブターンすること

マニューバー 波の上ですべての技術を使ってボードコントロールを行い、思いどおりの動きをすること あらゆる技の総称

メイクする 技を成功させること

エアリアル フルスピードまで加速して、波のトップから空中にジャンプする技の総称

チューブ/バレル 波の崩れ方によっては空洞になりトンネルのような土管のような部分ができる。このチューブに入り、そしてメイクすることはとても高度な技術を必要とする

ワイプアウト 波に乗っている時に転倒してしまうこと

パーリング テイクオフを失敗して落下すること

掘れる 崩れる波の斜面が急激に切り立って角度が直角に近くなること こういう波はテイクオフが難しい

たるい 崩れる波の斜面がとてもゆるやかな波のこと

刺さる テイクオフの瞬間やターンの直後にノーズが波に突き刺さること

セクション 波のある一部分 または進行方向の数メートルの範囲

フローター 進行方向の波が一気に崩れるセクションで崩れるトップを無重力で滑るように横に走り抜ける技

前が落ちる 波の進行方向、自分の目の前の波が崩れてしまうことによって、それ以上横に進めなくなること。 それ以降は真っすぐ岸に向かうことしかできないので、その場でライディングをやめたりする