スカイダイビング
スカイダイビング
2009年11月29日
身体一つで3キロの高さの空から落下したことがある
なんでそんなことをやりたいと思ったのだろう?
全ての人間の行動は本能にしたがっているのだとしたら、DNAのどういう働きがそうさせるのか
無謀とも思える冒険を楽しむような性質の個体は、人類の歴史上、どんな利点があったのだろうか
危険が潜むかも知れないが豊かで未開の狩り場を開拓したり、
命の危険もかえりみずに大きな獲物を捕らえることに挑戦したりという行動が、結果として生存率を高める要素となったのかもしれない
現在地球上に存在する60億以上の人間は、すべて今まで進化の自然淘汰を生き延びてきたある意味エリートたちといえる
個人個人がそれぞれ本当に違った性質を受け継いでいるが、過去のいろいろな状況にそれぞれ有利だったDNAが勝ち残ったのだ
そういう人類史の流れの中で、僕の遺伝子はあるときスカイダイビングという行為にとてつもない魅力を感じた
オーストラリアのシドニーから電車で何時間もはなれた原野にある飛行場にその施設はあった
30回ぐらいの飛行訓練を経てスカイダイビングの国際ライセンスを所得するというコースがこのスクールにはある
ある晴れた土曜日、僕の右手は、「自分が万が一、ダイビング中に何かの事故で死んでしまっても自己責任であることを認識しており、貴校を訴えることなどないことを誓います」という内容の英語の誓約書/契約書にサインをしていた
そういう書面にサインをすると緊張感も高まり、早速集中コースは始まった
まずはテキストを使い、学科授業が午前中に数時間ある
初回の授業はそこまで高度な内容ではなかったに違いないが、10数人の受講者の中で唯一の日本人である僕の英語力はまだそれほど自由ではなく、授業についていくのがギリギリだったので、レッスン後に特別な個人教授を受けさせてくれた
スクールとしても死者は増やしたくないわけだ(このスクールではこの時の2年前にパラシュートが開かずに死んだ人がいた)
学科のあとは、午後のシミュレーションのトレーニング(イメージトレーニング)だ
ロープに吊るされた状態で、落下中の姿勢をとり、その状態で実際にパラシュートを開くまでの動作を何度も繰り返す
受講者が帰った後も、僕だけ居残り、いろいろとおさらいをさせてもらい、たくさんのメモ書きやノートを取らされてやっと帰宅
次の日のために早めにベッドに向かうが頭で明日のジャンプを想像することをどうしても止められず、楽しみでワクワクもするし、同時に、ネガティブに、メイン のパラシュートと予備のパラシュートが開かなかったら終わりだとか、紐がからまったらどうしよう、とか・・・緊張したまま何時間も眠れないままで結局早朝の出発時間の直前にやっとウトウトとした程度で会場に向かった
日曜日も最高の快晴に恵まれた
僕を含む10数人の初心者スカイダイバーが、何人かのインストラクターといっしょに中型のセスナ機に乗込む
戦争映画で兵士がそうしているように、体育座りのようにヒザを曲げ座り、詰めて2列で乗込んだこの飛行機は、
スクール近辺の空をジグザグに行ったり来たりするたびに徐々に高度を上げていった
僕の順番はなんと先頭から2番目だ!最初のジャンパーは恐怖でパニクりだして僕にいろいろと話しかけてきていた
だが、僕はというと、寝不足のせいだろうか、当日は不思議と気持ちが落ち着いていて、彼を慰めたりする余裕があった
10000フィート上空(約3キロメートル)程度まであがると、もうインストラクターからの前置きも何もない
(この最終段階のジャンプの瞬間に恐怖に取り付かれて取り乱してしまった人が過去にいたらしいが、それによって姿勢が崩れたりすることはとても危険だ)
この瞬間までに何百回もそれぞれの参加者の頭ではイメトレをすませているのだから、もう動作は自動的だ
最初の彼がインストラクターにうながされ、彼も諦めたように定位置につき、必要な動作と確認作業を終え、あっけなく飛行機から空中に消えていった・・
さあ、僕の順番だ・・
機体の左後部に空に向かってぽっかりと開いたドアの上部にぶら下がるように手をかけ、背中を外に向けて立つ
視線を機体の外に向けて、左脚を振り子のように後に一度大きく振って「one」のかけ声、前に大きく振って「 two」のかけ声、その反動でもう一度後に脚を振り抜いてそのまま体重を機外に放り出して「GO!!」一気に手を離した!
たった今自分が乗っていた機体は右前方の上空の方に遠ざかっていく
機体から縦に空中に飛び出した瞬間、身体をかるく左の方に開いてやると正面からの風を受けてとたんに水平になる
その状態でバランスをとりながら数十秒間のフリーフォールのスタートだ
上級者はこの時間をいろいろなアクロバティックなポーズをとったりして楽しむわけだが、バランスを失ってキリモミ状態などになってしまったなら二度と体勢を回復できない初心者にとっては、一番安定した水平の大の字の姿勢を保つことが最大の使命だ
雲を突き抜けながら開けてくる青空を時速100キロ以上のスピードで人体が落ちていくのだが速度の感覚はない
なんていう未知の感覚だろう
現実にこれを今味わっているのが信じられない
どこまでも果てしない広大な空を自分のちっぽけな身体が浮遊するように漂っている
しかし、この夢は覚めなければならないのだ
それもミスのない確実な方法で数十秒以内にやるべきことを全てこなさなければ永遠に違う世界の住人になってしまう
自分の身体の胸の部分に装着した高度計「altimeter」そして地上との距離の目測「ground」水平バランスの確認「horizon」
この三つのチェックを繰り返しながら、高度計の数字が徐々に下がっていくのを確認する
horizon...ground...altimeter....7000 feet...6500 feet...6000 feet horizon...ground...altimeter.......5500...5000....horizon...ground...altimeter.....
4500...4000....3500....3000!! 高度が3000フィートになった状態でパラシュートを開いた
実際にパラシュートを引くのは右手だが、バランスを崩さないように左手もいっしょにして両手を同時に胸の前に引く、
そしてパラシュートのハンドルをしっかり握り一気に両手を拡げる
背中から飛び出した強力で大きなパラシュートは一気に風を含み、僕の身体は高速落下から突然、バンッという音と共に身体のハーネスに強い衝撃で引っ張られて停止した
今までは高速の落下による空気の流れと身体との摩擦で大きな雑音に包まれていたのだが、その瞬間からは気が抜けるような静寂だ
突然「し~ん」となった空中・・・ 現実の喜びをあらためて身体中で味わう時間
スカイダイビングの危険もここまで来るとほとんどクリアだ ごく自然に喜びを絶叫してしまっていた 溶けるような快感だ
パラシュートを開いた後は、数十秒の落下の間、手旗信号のように右手を下げたり左手を下げたりして進行方向をコントロールする
徐々に飛行場近辺の土地全体が大きくなっていき、広く平らな着地地点が見えてくる
あらかじめ地上にマークしてある丸いエリアにできるだけ近いところに着地するのが目標だ
本当は着地時に激しく転倒して負傷するなどの事故を防ぐために、着地の際は柔道の受け身のように、身体のショックを逃すように自ら転がらなければならないと指導されていた
だが、そんな着地をするには、僕はあまりにも多くの007シリーズの映画を見すぎていた
地面に降り立つとその姿勢のまま軽く走って、そのまま銃撃戦に入れるような着地を見事に決めて自分のカッコ良さに酔いしれた
カッコわるいのは、そのジャンプは、国際ライセンスを所得するためのコースの第一回目に過ぎなかったのだが
同時にその時期にサーフィンやスキューバダイビングやその他のいろいろな遊びに手を出し始めていたので、
結局お金が続かなくなり、二回めのジャンプはすることなく期限切れで退校してしまったということ
007ならば政府がお金を出してくれて卒業したのだろうけれど・・・