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英会話講師としての面以外ではどんな先生?





講師の私生活 7項目



1 「ピアノを弾く」はこちら




2 「空を飛ぶ」はこちら


3 「波に乗る」はこちら





その他スポーツ


サーフィンはライフスタイルだけど、身体を動かすことが大好きなので、スポーツは全般好き。 球技ではサッカーが一番好き。 会社のサッカーチームに所属していたこともある。ワールドカップや欧州サッカーを観戦するのは大好き。(社会人サッカーのチームメイトと一緒にテレビの前でワールドカップ予選の日本代表の敗戦に涙を流したことも)でも、本当は観るよりは自分がプレーするほうがいい。 他にするので好きなのはテニス。 夏には家の前の海でひたすら泳ぐのが大好き。






4 映画


私の弟(名前は母の旧姓)が映画の美術監督をしている影響もあり邦画も好きになった。 彼の手がけた、宮崎あおいの「青い車」や、蒼井優の「百万円と苦虫女」そして吹石一恵の「ゲゲゲの女房」なども素敵な映画だと思う。 それでも、観たくなる映画のほとんどは海外の作品が多い。 よく名前を挙げたくなるのが「ブルックリン横町」というとても古いアメリカ映画。 現実的な生活能力は少ないが、陽気で歌が上手な夢みがちな男。 夫としては甲斐性がないので妻は不安だが、二人の子供にも隣人達にも愛されている。 真っすぐな人たちの生き方や愛を描く映画。

音楽ものでは、「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」は最高のエンターテイメント。 オフ・ブロードウェイで上演されたミュージカルの映画化作品。 爆発するエネルギーと愛の切なさが、心にしみる音楽にのって綴られている。

「海の上のピアニスト」では恋に落ちる瞬間の感情をその場で音楽にのせて表現するシーンがこれ以上なく美しく描かれている。  映画史上最もロマンティックな愛情表現のひとつなんじゃないだろうか。 ただし、このピアノの即興は、相手の女性には聞こえない状況で演奏されるのがせつない。

「歓びを歌にのせて」は嬉しくて涙がこぼれる映画かもしれない。  様々な違う人生を生きる人々の、魂から湧き上がる声が、合唱という音楽表現で重なっていく様子は鳥肌もの。

「ダンサーインザダーク」は、比類なく救いようのない最も悲しい映画だが、できれば観たくなかった映画にはならずに、何か不思議な大切なものが心に残る美しい作品。

「グラン・ブルー」は海を舞台にした最も美しい映画。 素晴らしい映像と音楽を通じて人の心の中にある海への記憶とつながるのかもしれない。 










5 食べ物


握り鮨が大好き。 カンパチ、あじ、ヒラマサ、サーモン、あなご、ウニなど。

果物は何でも大好き。 野菜をたくさん使った料理が大好き。

サーフィンを一日中してエネルギーが完全にゼロになった時にはありとあらゆるものが美味しそうにおもえる。 このときに食べるものは有り得ないぐらいに最高においしい。

この状態でスーパーに入ると、とんでもないぐらいの量の食料をカゴにぎっしり詰め込んでレジに行ってしまう。 私は数時間連続で波乗りをした時に、海に浮かんで流れてきた夏みかんをその場で食べてまわりのサーファー達を驚愕させたことがある。 うまかった!! でも、他にももっと狂ったサーファーは、海に浮かんでいる海藻や、そのプチプチの実を口にしているのを見たことがある。 大抵は「ニガっ!!」とか言って吐き出すけれど。 極端な例では、クラゲを食べてみている男もみたことがある。 










6 釣り


三年前だろうか、早朝4時に起きてヘルメットと救命胴衣を身につけ、釣り歴数十年という達人の師匠に連れられて、まだ暗い山の中を歩き、ロープを伝って崖の下に降りて、波の荒れ狂う真冬の日本海で62センチのヒラマサを釣った。 活きアジの泳がせ釣りだ。 自分では子供のころから釣りキチだと思ていたのだが、実際はあんまり上手ではないことが大人になってわかった。  魚がスレている今日この頃では実力のある人間にしか魚はつれない。 人間的にも尊敬できるこの師匠が手取り足取り教えてくれなくては、こんな大物など夢のまた夢だった。 それでも、お前はセンスがあるなどと言われ調子に乗り、その冬は他にも60センチオーバーのスズキを何本か釣り上げた。 自分の食べ物を自分で捕獲するということには大きな魅力を感じる。男の狩猟本能だろうか。 いつの日か畑に野菜と米を育て、果物の木を植えて、魚を釣って暮らしてみたい。










7 読書 


ある意味で、私達の世界は言葉が創っているとも言える。

何人かの人が同じ森の同じ景色を見たとする。 ある人は、「きれいだった」と一言で、そしてある人は1000の言葉でそれを語るかもしれない。 おそらくたくさんの言葉を持つ人は、より多くの光を陰を色彩をみたのではないだろうか。 より多くの葉が擦れ合う音を聞き、より多くの草木や動物の息づかいを感じたのではないだろうか。 

偉大な作家や詩人は私よりも豊かな世界に生きているのかもしれない。

実際にそこにある物事を心の中に浮かべる作業も言葉が受け持つ。 実際にそこにはないものを想像させる力も言葉が持っている。 絵画にたとえるならば、一つの言葉だけで森を表現する人は緑色だけで森を塗りつぶすようなものかもしれない。 1000の言葉を知る人は1000通りの色彩で森を描く画家のようなもの。 その人には単純に言葉が1000あるだけではない、それの組み合わせで幾万通りの表現がある。 より多くの言葉を知ること、より多くの表現を知ることはその人の世界を豊かにするのかもしれない。 無限に混ぜ合わせることのできるたくさんの絵の具のように。


歌の世界でも、知っている言葉の数で音楽の豊かさが変わってくる。 昔、大好きだった英語の歌は、歌声も楽器であるかのように聴くだけか、日本語訳の歌詞カードで理解して聴いていた。 そして、自分の言葉として英語が直接心に語りかけてくる今は、あの頃とは違った感動をもって聴こえる。  


新しい言葉や表現を知ることが自分の世界を豊かにしてくれるのだという視点を持って本を読むのは面白いと思う。  ヘッセ ゲーテ ドストエフスキー カフカ などの世界文学レベルの作家の文章はやはりとても大きな力を持っている。 かつて味わったことのないような心のゆさぶりを経験させられることになる。  宮沢賢治 太宰治 司馬遼太郎なども面白い。 金子みすゞの言葉も好きだ。 村上春樹の物語もどっぷりと独自の世界に連れて行かれる。

現代の大衆文学にもとても良い作品が多い。同時代に生きる作家の感性と共感しやすいというのもある。 図書館で直木賞や芥川賞などの受賞作品を年度別にリストアップしてもらい片っ端からから借りてみたこともあった。  ノンフィクションというジャンルも魅力がある。  違う時代の違う場所に生まれた人の生き様に不思議なぐらい大きく共感することもある。  人間にとって実際に生きて体験することができる世界は限られているが、読書を通じて大勢の人々の世界を追体験することはできる。 何が自分に幸せをもたらすのか、何が苦しみをもたらすのか、自分という人間はどんな物事にどう反応するのかを知ることもできる。 自分がどう生きたいのかを知るために本を読むことが好きだ。


本の中で、自分の気持ちの代弁者に出会えることもある。 心の中の何かが、それを表す言葉を、それを叫ぶ声を探していることがある。 誰かに伝えたいけれどその方法は見つからず、それを伝える相手もおらず、出口のない、行き場のない想いが孤独を深めてしまうこともある。 そんなとき、本の中の登場人物が自分の心を知っているかのように気持ちを語ってくれていることもある。 最良の理解者を見つけたかのような安らぎを与えられる読書体験もある。




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