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講師になるまでの物語2

















   この部屋からの眺めは一生忘れない。 

   このビーチでサーフィンを始め、そのことは僕の人生を変えた。

   シンプルさと太陽に象徴される人生がここで始まった。


            講師が住んでいた bondi beachの部屋の窓から撮影

   





生まれて初めての海外滞在 

(オーストラリア13ヶ月)



 一年後ワーキングホリデービザでオーストラリアへ。     渡豪までの東京生活の一年間では、外国人との会話はほとんど経験をしたことがなかったが、通信教育の教材の勉強で自分はある程度の会話力を身につけたはずと思いこんでいた。   

 ところがオーストラリア到着翌日には、サンドイッチの店で何もしゃべれず、パンに挟む様々な具を注文することもままならず、金額も聞き取れずショックで打ちひしがれる。

 そのままホテルのベッドでうつぶせになり深く落ち込む・・・ サンドイッチは手つかず。

その夜ホテルの宿泊客の6才ぐらいの少年とプールで泳いでいたときに仲良くなり、生まれて初めて英語で会話をしたという実感を得る。      内容は今思えば何才かとか名前は何かとかどこから来たかとかその程度。 

 基礎の文法知識は必要なのだと思い知らされ、中学英語の文法書に取り組む。  

新聞で探して海のそばにアパートを借りて、サーフショップで1万5000円ぐらいの中古のサーフボードと10000円ぐらいの中古のウエットスーツを購入、その日から波に乗ることに夢中になる。(このことが結局は自分の人生の進路を決定する大きな要素になるほどとは知らずに) 

  ビーチで知り合ったヒッピーのようなミュージシャンが砂浜でギターを弾いたりボンゴを叩いたりしているのに憧れサーフィン帰りに話しかけて友達になる。  

 自分でも5000円ぐらいの中古のボンゴ(アフリカの太鼓)を購入、彼の家で音楽セッションをする日々をすごす。

 自分以外はすべてオーストラリア人の従業員しかいないカーペットクリーナーという仕事をはじめる。  オーストラリア人の相棒と二人組になり交代でワゴン車を運転してシドニー市内のホテルをまわりカーペットというカーペットをロボットのような巨大なバキューム掃除機を引きずって一日に12時間、時として週に7日間クリーニングする生活を送る。  土日には働かないのが常識なオーストラリア人、土日の給料はダブルペイといって倍額もらえる(一日で2万円以上)のではりきって稼ぐ。

 掃除中にホテルのスタッフのPeterという人と友達になる。 気も合うし同い年だったこともあり、すぐに仲良くなり、いっしょに楽器を弾いたりキャンプをしたり旅行に行ったり彼の家にホームステイをしたりという楽しい思い出が増えると共に英語力も着実に上がる。 半年後には生まれて初めての英語の夢を見る。 

一番夢中になって毎日やっていたサーフィン以外にも、ウインドサーフィン、スカイダイビング(タンデムジャンプではなくライセンス取得コースでのソロジャンプ)パラセイリング、ジェットスキー、水上スキー、ウェイクボード、スキューバダイビングなどに挑戦する。 










講師が渡豪後初めて住んだKings cross地区の部屋の窓からの眺め






       その後引っ越したアパートの部屋の窓から







         夜はビーチの前のバーやクラブが賑わう















                      

        サーフィンを始めて間もない頃の講師Memo












                            

         生まれて初めてのウエットスーツ                           
















 部屋から歩いて2分でこのビーチ どんな天気でも毎朝必ず海に通った













                                                  サーファー仲間


































































































































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